Air Language NewsBullet n°006
2023/04/17 (Mon) 20:15
「空中の本へ」をテーマに、
書籍、映像、展示、イヴェント、
芸術にまつわる対話やノートなど、
多様な記事をわずかずつ、月10回ほど無料配信、
[TH Grid]のアーカイヴ思想も紹介します。
*
平出隆『多方通行路』をBOOK ARCHITで
平出隆の詩論集『多方通行路』が、
BOOK ARCHIT のサイトで新たに頒布されます。
版元の書肆山田の廃業により著者に引き取られたものが、
定価のまま著者サイン入りで取り扱われます。
著者頒布版 定価2500円+税 送料無料
『多方通行路』は「多方通交路 一九七九──一九八〇」と
「多方通行路 二〇〇〇──二〇〇二」の2章から成り、
「通交路」から「通行路」への移行の20年に
「批評と実作にわたる複雑な通路」の変貌が浮びます。
1979年から80年までの1年余にわたり詩の雑誌に連載された第1章は、
同時代詩への根底的な批判として、
李禹煥の『出会いを求めて』に比較されたものです。
その比較は画家自身の感想として編集者を介して伝えられたもので、
当時の連載誌の表紙が李禹煥のドローイングだったのです。
この章は第一詩論集『破船のゆくえ』(1982)に収められて
絶版となっていましたが、書肆山田に求められて2004年に、
りぶるどるしおるの1冊として復活していました。
平出隆『多方通行路』@BOOK ARCHIT
*
『草本叙説』02 平出隆 +〔澤直哉〕
photo : Satoshi Sugitani
もし私が昆虫のような微小な生命体で、しかも書くという行為しか特徴としえない存在だとしたら、どのような生態をもつか。
そういう自問から、あるいはその重ねから、「エクリチュールとしての造本」は実践されはじめ、またそのように名告るに至ったのだと思えます。
このとき、環境と私との切迫する関係は、類として生存するための行為に、いつかしら変換されている。すでに環境とは敵の遍在であり、味方の局在であり、私とは彼であり、本とは謎の運動でしょう。私と彼はそこに呑まれているひとつの光の兆候に過ぎません。
〔生き物の死捕りは、観察による獲物の動きの生捕りと、それを凌ぐ運動から成る。殊に鳥虫の眩く空中には、無数の空捕る運動が屈折、交錯、乱反射する。
その光跡もろとも彼我を生捕る本の胡蝶のごとき羽搏きを、内から生捕り返すなら。光ごと喰い破るがごとく黒々と、滴々と書かれるそれは、何と呼ばれる。〕
彼・私が書いているもののことは、「作品」と呼ばずに「文書」と呼びたいですね。 希望を先取りしないためにも。
H〔S〕H
*
[平出隆総譜-造本]1966-01-15 エッセイ「除夜」を一冊の文庫判に造本し、逆徒書房の逆徒文庫として刊行。[d7]
[平出隆総譜-造本]2010-10-07 書簡の形態をした書物 via wwalnuts 叢書を考案して創刊。[d7]
*
new printing information
中野もえぎ『河野道代『時の光』を読む』
spira/cc 01
増刷 2023-04-04
air language newsbullet n°006
back number
by
Institute for Air Language
airlanguageprogram.com
書籍、映像、展示、イヴェント、
芸術にまつわる対話やノートなど、
多様な記事をわずかずつ、月10回ほど無料配信、
[TH Grid]のアーカイヴ思想も紹介します。
*
平出隆『多方通行路』をBOOK ARCHITで
平出隆の詩論集『多方通行路』が、
BOOK ARCHIT のサイトで新たに頒布されます。
版元の書肆山田の廃業により著者に引き取られたものが、
定価のまま著者サイン入りで取り扱われます。
著者頒布版 定価2500円+税 送料無料
『多方通行路』は「多方通交路 一九七九──一九八〇」と
「多方通行路 二〇〇〇──二〇〇二」の2章から成り、
「通交路」から「通行路」への移行の20年に
「批評と実作にわたる複雑な通路」の変貌が浮びます。
1979年から80年までの1年余にわたり詩の雑誌に連載された第1章は、
同時代詩への根底的な批判として、
李禹煥の『出会いを求めて』に比較されたものです。
その比較は画家自身の感想として編集者を介して伝えられたもので、
当時の連載誌の表紙が李禹煥のドローイングだったのです。
この章は第一詩論集『破船のゆくえ』(1982)に収められて
絶版となっていましたが、書肆山田に求められて2004年に、
りぶるどるしおるの1冊として復活していました。
平出隆『多方通行路』@BOOK ARCHIT
*
『草本叙説』02 平出隆 +〔澤直哉〕
photo : Satoshi Sugitani
もし私が昆虫のような微小な生命体で、しかも書くという行為しか特徴としえない存在だとしたら、どのような生態をもつか。
そういう自問から、あるいはその重ねから、「エクリチュールとしての造本」は実践されはじめ、またそのように名告るに至ったのだと思えます。
このとき、環境と私との切迫する関係は、類として生存するための行為に、いつかしら変換されている。すでに環境とは敵の遍在であり、味方の局在であり、私とは彼であり、本とは謎の運動でしょう。私と彼はそこに呑まれているひとつの光の兆候に過ぎません。
〔生き物の死捕りは、観察による獲物の動きの生捕りと、それを凌ぐ運動から成る。殊に鳥虫の眩く空中には、無数の空捕る運動が屈折、交錯、乱反射する。
その光跡もろとも彼我を生捕る本の胡蝶のごとき羽搏きを、内から生捕り返すなら。光ごと喰い破るがごとく黒々と、滴々と書かれるそれは、何と呼ばれる。〕
彼・私が書いているもののことは、「作品」と呼ばずに「文書」と呼びたいですね。 希望を先取りしないためにも。
H〔S〕H
*
[平出隆総譜-造本]1966-01-15 エッセイ「除夜」を一冊の文庫判に造本し、逆徒書房の逆徒文庫として刊行。[d7]
[平出隆総譜-造本]2010-10-07 書簡の形態をした書物 via wwalnuts 叢書を考案して創刊。[d7]
*
new printing information
中野もえぎ『河野道代『時の光』を読む』
spira/cc 01
増刷 2023-04-04
air language newsbullet n°006
back number
by
Institute for Air Language
airlanguageprogram.com