Air Language NewsBullet n°079
2024/09/19 (Thu) 12:00
「空中の本へ」をテーマに、
書籍、映像、展示、イヴェント、
芸術にまつわる対話やノートなど、
多様な記事をわずかずつ無料配信、
[Field-Museum Net]の展開や
[TH Grid]のアーカイヴ思想も紹介します。
*
海辺の墓地──1
断続連載小説「初代門司駅遺構」
平出隆
photo : unknown 1881
門司駅遺構ということばが目に飛び込んできたのは、二〇二四年二月も終ろうとしていた頃のことである。九州大学の名誉教授という未知の建築史学の人から分厚い速達が届いた。消印は二月二十六日だから、手紙と資料を読んだのは二十七日の夕方だろう。門司港駅のすぐ近くに、それよりも古い駅の跡が発掘されたという。そこには保存すべき魅力と価値があると考えるが、北九州市の計画によって失われようとしている、という。
複数の人に呼び掛けている印刷された長めの文面はまず、門司港レトロ事業がはじまる頃から、市の歴史遺産を活かしたまちづくりに関わってきた自身の来歴を語っていた。建築史学の専門的立場から、文化審議会委員として世界文化遺産審議に長く参画、二〇一五年の八幡製鐵所をふくむ明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産登録にも関わって来られたという。
そこで私は次のような文章を認(したた)めて二月二十八日のうちに、電子メールで藤原惠洋先生に送った。文章末に氏名を記し、そこには肩書が必要と思われるから、「詩人・多摩美術大学名誉教授/北九州市文化大使/門司出身」と考えられるかぎりを並べ、「最後のところに肩書きをいくつか並べていますが、効果的なものを取捨選択していただいても構いません」と付言した。まもなく三月初めの毎日新聞と西日本新聞の当件記事中に、全文が引用され、紹介された。
「初代門司駅遺構」の未来について
近代日本において、国際港と一体的に計画され、九州鉄道を管理する枢要としても建設された初代門司駅。この地域に残されていた重要な歴史的建築の多くは、戦後、門司市政の見識のなさによって次々と失われたという過去がある。その後の「門司港レトロ」事業の努力により、かろうじて歴史遺産の一部は残されたが、はるかに豊かであった海港都市の景観を知る人々は、戦後復興期の人為的な喪失の失策を永く嘆いてきたのである。
このたび恩寵のように蘇ってくれた「初代門司駅遺構」を、未来へ向けて全面保存し活用しようとしないならば、あの失敗をまたしても重ねる愚挙となる。
今日、遺構保存・公開の手法と技術の革新はめざましい。世界の文化遺産の諸例に学び、市民と専門家が主導して、またとない遺産継承事業とすべきである。北九州市に一部移動案(=遺構破壊案)があると聞くが、論外である。
藤原先生からは受領のメールがまず届いて、一日置いて二十九日、さらにこんな感想が寄せられた。
思わず声にあげて読んでみましたら、私たちが、遺産、開発、と不毛な綱引きをせざるをえない土俵での出来事が、あらためて悲しく思えてきました。
海港都市
喪失、失策、愚挙
恩寵、未来
*
Field-Museum Net は
「門司駅遺構」保存活動を支援しています。
*
air language newsbullet n°079
back number
by
Institute for Air Language
airlanguageprogram.com
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海辺の墓地──1
断続連載小説「初代門司駅遺構」
平出隆
photo : unknown 1881
門司駅遺構ということばが目に飛び込んできたのは、二〇二四年二月も終ろうとしていた頃のことである。九州大学の名誉教授という未知の建築史学の人から分厚い速達が届いた。消印は二月二十六日だから、手紙と資料を読んだのは二十七日の夕方だろう。門司港駅のすぐ近くに、それよりも古い駅の跡が発掘されたという。そこには保存すべき魅力と価値があると考えるが、北九州市の計画によって失われようとしている、という。
複数の人に呼び掛けている印刷された長めの文面はまず、門司港レトロ事業がはじまる頃から、市の歴史遺産を活かしたまちづくりに関わってきた自身の来歴を語っていた。建築史学の専門的立場から、文化審議会委員として世界文化遺産審議に長く参画、二〇一五年の八幡製鐵所をふくむ明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産登録にも関わって来られたという。
そこで私は次のような文章を認(したた)めて二月二十八日のうちに、電子メールで藤原惠洋先生に送った。文章末に氏名を記し、そこには肩書が必要と思われるから、「詩人・多摩美術大学名誉教授/北九州市文化大使/門司出身」と考えられるかぎりを並べ、「最後のところに肩書きをいくつか並べていますが、効果的なものを取捨選択していただいても構いません」と付言した。まもなく三月初めの毎日新聞と西日本新聞の当件記事中に、全文が引用され、紹介された。
「初代門司駅遺構」の未来について
近代日本において、国際港と一体的に計画され、九州鉄道を管理する枢要としても建設された初代門司駅。この地域に残されていた重要な歴史的建築の多くは、戦後、門司市政の見識のなさによって次々と失われたという過去がある。その後の「門司港レトロ」事業の努力により、かろうじて歴史遺産の一部は残されたが、はるかに豊かであった海港都市の景観を知る人々は、戦後復興期の人為的な喪失の失策を永く嘆いてきたのである。
このたび恩寵のように蘇ってくれた「初代門司駅遺構」を、未来へ向けて全面保存し活用しようとしないならば、あの失敗をまたしても重ねる愚挙となる。
今日、遺構保存・公開の手法と技術の革新はめざましい。世界の文化遺産の諸例に学び、市民と専門家が主導して、またとない遺産継承事業とすべきである。北九州市に一部移動案(=遺構破壊案)があると聞くが、論外である。
藤原先生からは受領のメールがまず届いて、一日置いて二十九日、さらにこんな感想が寄せられた。
思わず声にあげて読んでみましたら、私たちが、遺産、開発、と不毛な綱引きをせざるをえない土俵での出来事が、あらためて悲しく思えてきました。
海港都市
喪失、失策、愚挙
恩寵、未来
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